オレたちがハートを燃やしたSports
オレたち昭和50年男が小学生だった頃のスポーツの花形と言えば、プロ野球。そこに登場した『キャプテン翼』でオレたちはサッカーのおもしろさに目覚めると同時に、超人的なアスリートが活躍する舞台は“世界”であることを知る。1993年にJリーグが始まった頃には、「世界レベル」という言葉を普通に使うようになっていた。スポーツ文化評論家・玉木正之氏は「昭和50年男は社会的なしがらみなくスポーツを楽しむことができる幸せな世代」と言う。今号は「オレたちがハートを燃やしたSports」をテーマに、一流のアスリートが繰り広げた名勝負、スポーツのおもしろさを教わったマンガ・映画・ゲーム、競技の結果を伝えるメディア、自分たちがプレーした記憶…を一気に振り返り、オレたちがどんな風にスポーツを楽しんできたのかを探っていく。ここで見つけたスポーツへの熱源が、オレたちのハートをもっと燃え上がらせてくれるはずだ!
さまざまな名選手と名勝負を生み出してきた日本のスポーツ。国際的な試合で活躍する選手も多くなり、常に国民の注目を集め、昭和50年男にも感動を与えてきた。スポーツ文化評論家・玉木正之と一緒にターニングポイントになった出来事と人物を振り返る。
1997年11月16日は、日本サッカー史に永遠に刻み込まれる記念日である。その、日本がサッカーW杯初出場を決めた重要な試合でゴールを決めた城 彰二が、あの一戦と当時の日本代表を振り返る。
1987年から日本での開催がレギュラー化、全戦テレビ中継も始まって熱い注目を集めるようになったF1。90年、日本GPの舞台となる鈴鹿サーキットは、3シーズン続けてシリーズチャンピオンを決める舞台となった。
武藤敬司、橋本真也との“闘魂三銃士”として、90年代に新日本プロレス黄金時代を築いた蝶野正洋。そのきっかけとなった、1990年2月10日 東京ドームでの猪木&坂口vs.蝶野&橋本の一戦。そして91年の第1回G1クライマックス優勝を振り返ってもらった。
“クラッキー”の愛称で親しまれ、フットボール愛、選手愛、そしてサポーター愛にあふれたその名調子は、観戦する者の心をとらえて離さない。サッカーファンにはお馴染みのアナウンサー・倉敷保雄が観てきたすべてのスポーツのなかから、心に残る名勝負を語ってもらった。
1980年代、『キャプテン翼』の人気がサッカー人口を押し上げたのはまぎれもない事実。翼に憧れた少年たちは後に発足するJリーグを盛り上げ、世界の舞台へとはばたいていった。日本のみならず世界のサッカー界に大いなる影響を及ぼした作者・高橋陽一先生に、本作に賭けた想いをうかがった。
運動は苦手でもスポーツゲームなら得意だった昭和50年男も少なくない。どんなジャンルのゲームだってウェルカムだし、ゲームの進化をリアルに経験。あの頃やり込んだスポーツゲームをジャンルごとに振り返ってみたい。
野球少年だった昭和50年男は、夜11時が楽しみで仕方なかっただろう。フジテレビ系で放送されていた『プロ野球ニュース』は、試合結果よりも大事な“野球の醍醐味”をオレたちに教えてくれた。
お笑いで語られることの多い「ダンス甲子園」だが、実は日本のダンス史において転換期と言える、ものすごく重要な時代であり事件だった! 「ダンス甲子園」とはなんだったのか!? LL BROTHERSの歴史とともに振り返る。
“アイドル冬の時代”と言われた1990年代、ソロアイドルとして孤軍奮闘した彼女は、可憐なビジュアルと確かな実力、そして強烈なプロ意識でオレたちを魅了してくれた。歌手デビューから30年、主演舞台に新曲発表と多忙を極める“Good-P”が今考えていることとは?
HEADLINE